好きなんだからしょうがない

いつだってなんだって、アイドルがすき!

嵐を遠くに感じてしまう話

 

嵐がメディアの人になってしまった。嵐がどんどん遠くに行ってしまう。

そう感じるようになったのはいつだったか。

 

 

 私が嵐をすきになったとき、やっていたテレビ番組は「嵐の宿題くん」「ひみつの嵐ちゃん!」「VS嵐」の3つだった(個人での出演は除く)。

 当時は遅くまで起きていることができず、宿題くんはほとんど見られなかった。やっと夜更かしを覚えた頃に終わってしまった。でも、最終回の宿題くんをよく覚えている。5人がパジャマを着てお喋りして、ゆるゆるのまま「おやすみ」と言って番組が終わった。もっと見たかった。2013年にはひみつの嵐ちゃんも終了した。ひみつの嵐ちゃんが大好きだった私は、とにかくショックだった。終わるなんてありえない!信じない!とずっと思っていた。VIP ROOMでお気に入り嵐に選ばれてキャッキャする嵐がすきだった。マネキン5で選ばれなくて不貞腐れるのがかわいかった。ランキングダービーで馬の着ぐるみを着て、いろんな人にいろんなランキングを聞いているのが面白かった。いつしか5人で収録するのが難しくなった嵐は、2人ずつ出るようになってしまった。私はこれがすごくさみしかった。嵐のレギュラー番組なのに、5人で出られないなんて、と。そのときにいつも司会進行をしてくれていた翔くんがいないと、ぐだぐだになってしまったり、カンペを丸読みしたり、慣れてないのが顕著だった。普段から進行をやっているわけではないのだから慣れてなくてうまくいかないのは当たり前だ。このとき「ほら、やっぱり翔くんいなきゃダメじゃん。5人でやればいいのに」と何度も思った。次に始まる有吉と翔くんの番組予告を見てようやく現実を受け入れた。もうマネキン5やVIPルームは見られないんだと思うと、やっぱり悲しかった。その局の音楽番組に出ることも減り、余計に悲しかった。

 そして宿題くんがなくなった2010年は、新しく「嵐にしやがれ」が始まった。当時はアニキゲストと称してゲストは男性のみだった。今現在は、放送当初恒例となっていたセット回転はしなくなった。かわりに美味しいものを食べる嵐が見れる。ここでの食レポも、みんななんだかんだちゃんとしてくれる。今は記念館でメンバー1人がその回の進行を務める。何度も企画が移り変わったが、それでも2018年の今もなお、ずっと土曜のゴールデンの時間で番組が続いている。しやがれを見ていると、テレビの人なんだという思いが強くなる。

そして先日、VS嵐が10周年を迎えた。関東ローカルで始まった番組も全国放送になり、ゴールデンに移動し、年数を重ねるごとにお茶の間の人気も増えていった。「嵐は興味ないけど、VS嵐は見たことがある」という人もいるくらい、いろんな人が見る時間に放送しているんだと思う。VS嵐もやるゲームの移り変わりはあったものの、10年も番組が続いてきた。何かとスペシャルで2時間やることも、嵐の番組の中では一番多いと思う。需要があるから放送してくれる。


テレビ出演と関連して、CMの出演数も多い。

現在嵐全員で契約されてるCMの本数は25本。*1 相葉くんは男性CM出演ランキング1位を獲ったこともある。テレビを付けたら勝手に嵐が出てる。企業の一商品をお金をかけてテレビで紹介するからには売れてもらわないと困る。CMの出演数が多いこと、契約更新してもらえることは、それだけ企業に信頼さらている証拠だ。嵐を出せば売れる、というわけではないだろうが、嵐の人気が定着しているからこんなにもお仕事がもらえているんだと思う。

 

嵐の人気に火をつけた「花より男子」はもちろん、ニノの「流星の絆」など、嵐はドラマにもよく出ている。そして、ありがたいことに主演であることが多い。局を跨いでのドラマリレーをしたことだってある。ドラマとなれば、週に一度、必ずテレビに出ることになる。必然的に目につく機会が増える。そしてドラマ主題歌を歌うことも多く、嵐が主演を務めればだいたいシングルが発売される。1クールで1枚シングルが出る。シングルが出れば音楽番組への出演も増える。アルバムのリード曲を披露しているときもある。また、テレビで、メディアで嵐を目にする時間が増えるのだ。

ここ数年は映画出演も増えた。2017年は「忍びの国」、「ナラタージュ」、「ラストレシピ」と続いて公開され、今年は5月に「ラプラスの魔女」と8月に「検察側の罪人」が公開される。映画が決まれば、公開直前には番宣と称して普段出ないであろう番組にも出る。私はとくにこのときに嵐がテレビの人になってしまったことを強く感じる。普段、メンバーが近くにいるレギュラー番組とは違い、ゲストとして番組に招待される。そこでバライティーのノリとか、食レポとか、そういう「テレビ的」なものを求められる。テレビに出演しているのだから当たり前だ。しかし、これが上手になるのがさみしい。例えばVTRを見た後のコメントが下手ならそれはそれで「何言ってんだ!」「もっとちゃんとコメントして!」と思っていたのに、スラスラと感動するコメントを言われると言い知れないさみしさがこみあげる。ああ、上手だなあ、すっかりテレビの人になったなあと思ってしまう。それが成長した証なのに、だ。なんでこんなに欲張りなんだろう。成長した彼らがまたテレビに呼んでもらえて、また露出が増えるのはいいことなのに。誰かの手を借りず、いろんなことができてしまうようになった。

 

 

アイドルである彼らがステージに立つのは年に一度のコンサート。5大ドームツアー。毎年のようにオリジナルアルバムが発売され、11月あたりから始まるドームツアーが組まれる。近年は東京公演が2回あったり、東京5daysなんて時もあった。何回東京でやるんだよ。なんて贅沢なんだろう。それでもチケットは当たらないが。国立競技場が解体されるまで、夏は国立でのコンサートもあった。

毎年アルバムが出ることも、毎年ツアーが組まれるのも、それもドームなことも、全部全部当たり前じゃない。嵐がずっと前を見て、前を向いて走り続けてきたからだ。だから実現できていることだ。私はいつの間にかこの状況に慣れてしまっていた。

コンサートがなくても、アイドルとしての彼らがなくても、生活に彼らがいるのが当たり前になる。

 

 

嵐が30歳を越えた。もういい大人だ。コンサートをして、テレビに出て、いろんな経験をして、今の嵐が前よりよくなることがいいことなのだ。でも、テレビに出れば出るほど、メディアの人になればなるほど、近くにいたわけでもないのに彼らを遠くに感じてしまう。

露出が増え、嵐が世間に認知され、CDやDVDが売れることが嬉しいのに。もっともっと活動の幅が増えることが、嬉しいはずなのに。

 

彼らの人気が今なお衰えないこと、彼ら自身が前を向いて立ち止まることをしないこと、これは素晴らしいことだ。芸能界の現状維持はとても難しいものだと思う。それができている。

 


でも、さみしい。

たまに振り落とされそうになる。ああ、遠いなあって思う。感覚的な問題なので、嵐にどうしてほしいわけじゃない。今の安定感のある嵐がだいすきだ。ずっとお互いを気遣いあい、5人で笑ってるのを見ると幸せな気持ちになる。たまに、少しだけ、10年前の彼らを思い出して思いを馳せてしまうのだ。みんな髪型が奇抜で、なんでそういう服着るの?って衣装着て、今はもう歌わないであろう若いときの歌を歌ってる嵐が恋しくなるのだ。

 

変わっていくことを何故

僕らは恐れるのかなぁ

変わらないものを笑うくせに

大好きな「できるだけ」の歌詞にもある。変わることは悪くない。変わることは少し怖い。でも、変わらないことのほうがもっと怖い。

ずっとずっと走り続ける嵐に、私が息ができなくなって追いつかないだけなのかもしれない。

 

 

それでも私は嵐がすきで、たぶんずっとそのときの「今の嵐」がすき。ずっとずっと追いかけ続けるんだろう。

翔くんの「ステージ上終身雇用」という言葉を信じて今日の嵐を応援する。

このさみしい気持ちとともに。

 

*1:Johnney's netより